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ぶれいもの音楽隊(雀の間)

ふにおちない

 佐村河内守さんが作曲を他の人にやってもらってた、って騒動、なんだか腑に落ちないというか、非常に気持ちが悪いのでこのことについて書いてみようと思います。

 作品が佐村河内氏のものじゃない、ってことがわかって、CDも販売を中止して、演奏会も中止になってるそうで。微妙な話だなあと思うのです。私はこの人の作品については、話題になっているのでネット上にある音源をちらっときいて「よくわかんない」って程度の感想しか持っていないのですが、少なくともこれだけ話題になったのは、多くの人たちが、いい作品だと思ったからではないのでしょうか。違う人が書いたからといって、その評価が変わるものなのでしょうか?

 音楽作品っていうのは、作品として独立して評価されるべきものではないのでしょうか。ベートーヴェンの交響曲が仮に違う人の作品だったと判明したとして、その価値が変わったりするでしょうか。CDの発売が中止になったり、演奏会が中止になったりするでしょうか。演奏会を聴きに行くべくチケットを買った人たちは「いい曲だとおもうから聴きに行く」のではないのでしょうか。なんかハンディのある人が長い曲を書いたから聴きに行く、のでしょうか。ハンディが無い人の作品だったら聴く価値が無いのでしょうか…。いきなり手のひらを返すような今回の対応はなんだかモヤモヤします。

 誰が書いたものであれいい曲はいい曲であると評価されるべきだし、ハンディがある人が演奏しようが普通の人が演奏しようがいい演奏はいい演奏であるべきです。ハンディがある人が書いたからいい曲だ、ハンディがあるのにこんな演奏ができてすごい、というのはあまり健全な音楽の愉しみ方ではないように思います。

 佐村河内氏自身がハンディを売りにしたのか、それとも周囲がそのように持ち上げたのか、そのあたりの経緯はよくわかりませんが、誰かがそういう風にしたからこれだけの騒動になったのでしょう。いずれにしても、作品自体には不幸なことですね。今後は、本来の作曲者の作品として以前どおりの評価を受けることができるのでしょうか。少なくとも、優れた作品と評価した人は相当数いた筈ですし(嫌味とかではなく)。

 wikipediaの記事によると、佐村河内氏は、障害があることを売りにしていると誤解されたくない、というようなことを言ったこともある、と書いてあります。実はやっぱり佐村河内氏が自分で作品を書いていて、「現在のハンディのある作曲家って地位にいるのが嫌で、作品の正当な評価を知るために今回の騒ぎをでっち上げました」なんて言い出したらどうなるだろう、ってなことを思いました。そうなったら今回態度を変えた人は、自分の耳とココロで作品を評価できない人としてアカッパジをかくわけですが…。そうなったら面白いなって思っていたりもするわけで…?

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テーマ:クラシック - ジャンル:音楽

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